したいことをしているだけでも、趣味をもつ人生は面白い。

世の中には、プロ並みの趣味を持っている人もいて、いずれ「プロ」としても活躍する人もいるのかもしれません。TVでも、「DYI」の得意な人の作品は趣味の域を超え、販売してほしいと思うほどの物が披露されています。私の周囲にも、「稼げるのでは?」と思うようなことをしている人もいます。自分の娘は後にインストラクターになりましたが、元々は趣味が高じてそこに行き着いたのでした。この経験からいうと、幼い頃から打ち込んでいなくても、「したい!」と思って取り組む時こそが、その人にとってのタイミングなのだろうな、ということです。
 勿論、趣味で好きな時にやっているからこそ、楽しいのだ、というものもあるでしょう。私の趣味はとても多くて、それを人にいうと「多才」だと思われ、顰蹙をかうので、敢えて言いふらさないようにしています。どちらかというと、あちこちに散らかしながら生きている、という感じなのです。生き方と人間性は比例しているのかもしれません。朝は屋上に上がって園芸に精を出し、休日のお昼にはカラオケで歌いまくり、仕事の日にはPOP作成、会合用の入場券などに打ち込み、車中や就寝時には数え切れないほどの本を読み、片手間にHP作成したり、お料理の幅を広げ、写真を撮るなど、いってみれば「したいことをしている」だけなのです。
それが下手でもなんでも、楽しいということ、切り替えができたり、外に出る口実になるなど、趣味をもつことで得られるメリットは結構あります。私の場合、家の屋上は4回にあり、ここに上がれるのは私だけなので、それは大きなメリットなのです。一人になりたいときに重宝し、落ちれば命を失う可能性があるので、緊張感を伴いながらはしごを上る束の間の時間はトレーニングになっています。
だからといって、趣味って特にないんだよねぇ、という人を可哀想、という視線では見ていません。私の知人にはむしろそういう人のほうが多いですが、趣味など必要ないくらい充実した生き方をしている方達です。
 「仕事が趣味」といわないまでも、そのくらい仕事に打ち込み、或いは子育ての中に楽しみを見いだしています。それはそれで楽しいし、日常の中に楽しみを見いだせるのは、一つの才能だと思っています。これについては私にも一つ、肝心な趣味があり、幼い頃から「書く」ということだけは外したことがありませんでした。他の趣味はおまけのようなもので、改めて思い出してみると、小学生時代から先生にお話をつくって見せてあげたり、イベントの際はお芝居の脚本を書いたりもしていました。これらは芽が出ることはなく過ぎましたが、今、人様に向けて発信するスピリチュアル関連の仕事を請け負うようになりました。やはりタイミングがあるようです。

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